しろくまが好き。

感性で書く。

どこかの誰か

 

風が強い。

 

耳にさした新しいイヤフォンから漏れる音をかき消すような風の音。

 

落ち葉をかき集めて、舞い踊らせる。

 

 今日もいつもの道を歩く。

 

リズムに合わせるように、一歩一歩。

耳の中から流れてくる音楽が、私の歩を軽くした。

 

 

正門をくぐると、いつものように階段を登り、教室に向かう。

 

その途中、腰を曲げたおじさんたちが、落ち葉を掃除していた。

 

風が吹いてはそれを邪魔し、

あるいは風を起こす機械で葉っぱを集め、

道を綺麗にしてゆく。

 

 

…掃除をしない、という選択肢もあったはずだ。

 

懸命に掃除をするおじさんたちを横目にみながら、彼らの努力を否定するような思考に辿り着く。

 

なぜ、掃除をするのか。

なぜ、綺麗にするのか。

誰のために、綺麗にするのか。

 

学校としての体裁?

綺麗な校舎を保つ?

教員や学生が生活しやすいため?

…それが仕事だったから?

 

私がわからない理由だってたくさんある。

大人の事情、ってやつかもしれない。

 

理由はなんだっていいんだ。

ただそこに事実があるだけだから。

掃除をしてくれる人がいて、道が綺麗になっているのだ。

 

せっせと掃除をしてくれる人がいるから、私は綺麗な空間で生活できる。

 

また、落ち葉はどこからとも無くやってくるのに。

せっせと集めて、せっせと袋につめる。

いくら集めても飛ばされて、それでもまた集める。

いくらほうきで穿いても、道にはまた落ち葉がたまるのに、際限のない掃除を、せっせと続ける。

 

公共空間を掃除している人を見ると、なぜか胸がぎゅっとなる。

大学の中は違うけれど。

 

高校生の頃、雪が降った日に、駅前の道で雪かきをしていた人が忘れられない。

たしか駅員さんだった気がする。

 

誰に頼まれた訳でもない。

それに対する対価も払われる訳ではない。(もちろん鉄道会社の社員であれば時給は出るであろうが、それは雪かきに対する対価ではない)

それを必要ないとして、暖かい駅員室にいることも出来たはずだ。

直に雪なんて溶けるのだから。

 

だから、もし他にどうしても大事なことがあれば2番手に回されるようなことだけど、必要なことをする人になりたい、ってその時思った。

あとは、誰もやっていないけど必要なことを穴埋められる人にも。

 

他の人がやってることをやっても、仕方ないのだ。

他の人が手が回らないところにいたい。

猫の手…いつも思う。

 

欲を言えば、猫の手も借りたいくらい忙しい時に、人間の手を差し出せる人になりたい。

 

たぶんきっと、これ縁の下の力持ちって言うんだろな。でもあんまり好きな言葉じゃない。笑

 

私はなんの手になれるかな。

猫の手くらいにはなれてるかな。

たまにただじゃれるだけの猫に

なってるけどな。

まあいいか。

楽しければ。

 

人のこと考えて、人のためを思って、でもそれを押し付けがましく言わないで、静かに、自然に、やってのけてしまう人はかっこいいよね、だれでも。

人のために働きたい。うん。

 

あと何に対してもだけど、ひけらかさずに、しれっと、さも当然かのように、行動で示せる人ってめっちゃかっこいいよね。

言葉は時として余計なのだ。

行動だけでかっこいいんだから、自信もって!ってめっちゃブーメラン。笑

 

自信がないと、口だけ達者になる。言い訳ばっかり、悪い癖。

行動で示せる大人になりたい、ならねば!

 

話逸れたけど、落ち葉掃除も雪かきも、そんな職業も役目もないのです。

でもどこかの誰かがやってくれているのです。

 

落ち葉掃除や雪かきだけでなくても、どこかの誰かの行動、仕事、働きかけによって、私たちは日々生活をしているわけです。

 

そのことに感謝をしながら、大人になって、私もまたそのどこかの誰かになりたいと願うのです。

 

お布団の中から、どこかの誰かへの敬意と感謝をここに記させていただきます。