しろくまが好き。

感性で書く。

武器が、ない。

 

バイト帰りの車の中。

知らない人と乗り合いのハイヤー

父親世代の人と50.60代の運転手。

気まづくも、安心するわけでもない空間。

私が道案内をするまで、会話は一切ない。

携帯から発せられるブルーライトだけが、私を照らしていた。

 

首都高に乗って、

どうして築地に首都高の入口があるんだろうなんて、誰だって答えの出せる問しか思い浮かばない自分の頭を呪った。

 

 

しばらく走ると見える東京タワーの先端。

なぜか、東京タワーには惹かれるものがある。

 

ここが東京だって、いつでも示してくれているからだろう。

あの"指標"を見ると、渋谷より東京を感じる。

 

これからこの景色をいつも見られるのかと思うと疲れなんて忘れられた。

 

首都高を降りて、見慣れた道を走る。

 

ふと自分に武器がないことに気がついてしまった。

 

武器だけじゃなくて、盾も鎧もない。

このままじゃ、いつまでたっても負け戦からは抜け出せない、そう思った。

 

いつも、いつもいつも、どこに行ったって、誰と居たって、自分より出来る誰かの存在がある。

そういう存在は、私に何かを教えてくれるし、困った時には助けてくれる。

ありがたい存在だ。

 

その一方で、何も勝ち目のない自分。

 

経験がものを言う、のは確かだが、経験でもなんでも、私がその人に勝てるものは、何一つない。

 

武器も、盾も、鎧も無ければ、傷ついて、ボロボロになって、いつか死んでしまう。

 

このまま社会に出たら、人と戦う武器も、自分を守る装備もない私は、一瞬でもみくちゃにされて、玉砕だ。

自爆より酷い。

爆薬すらも、持っていないのだから。

 

幸い今の日本は戦場ではないし、どんなに酷い目に逢おうとも、私の肉体が無くなることは早々ない。

 

でも、目に見えない戦争は、確実に私を巻き込んでいくことだろう。

誰も、巻き込まれずには通れない。

 

たった一つでもいい、

攻撃はしなくてもいい、

ただ自分の道を切り開くために、

社会でもみくちゃにされないために、

武器さえあれば、

戦いの土俵には立てるのだ。

 

武器があっても、戦闘力が無ければ、戦いの舞台には立たせてもらえない。

 

戦いの舞台に立たないことは、平和なことではない。

戦争はすぐ隣で、自分の身に危険が及ぶほどの距離で、起きている。

 

戦わない人は、逃げ惑うしかないし、戦えない人は、戦う人に搾取されるのだ。

 

 

 

 時間と労働力しか売るものがない大人にはなってはいけない。

自分で、自分の力で、お金を稼いで、生きていなきゃいけない。

それが戦うってことだ、と思う。

 

組織に所属していても、個人でもいい。

個人の方がきっとずっと難しいけれど。

 

ただ、会社に入れば何とかなるというのは違う。

会社だって、組織単位では武器が必ずあって、そこの一員ということは、武器のパーツの一つな訳だ。

立派な戦力がないと、足を引っ張る。

 

つまり、会社に入ろうが入らまいがそれは個人の自由だが、どちらにしても武器がないと生きてはいけないのだ。

 

私も武器を持たなければ。

これから武器を作らねば。

 

 

 

 

 

将来フリーで自由に仕事したいと思ったけど、会社に入ってある程度経験を積んだら、それが出来ると思っていた。

でもきっと違う。

将来個人で食べていける人は、学生だろうとなんだろうと1人で何かを作れるのだ。1人ってそういうことだ。必要なのは経験ではなくて、1人で食べていく覚悟と行動力だと思う。

スケールやレベルは違くても、学生だって何か作り上げられないということはない。最後まで作り上げる忍耐力、行動力、熱意、そんなものさえあれば、何かしら出来るのだ。

 

そして、その何かを決めるのは将来ではない。

今ですら決まってない何かが将来決まるはずがない。

 

今決めたものと将来決めるものはきっと違うだろう。

しかし、そこにある決断力と覚悟は変わらない。

 

今決められなくて、将来決められるかもしれない。

しかし、それは決断力と覚悟が芽生えたからで、そんなものは受動的なインプットだとか、情報、経験、技術とは関係ないのだと思う。

 

今1人で何かできる人はきっと将来も何か作れる。

今1人で何も出来ない人は、将来何か出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。

 

今は覚悟を持とうと思えるものがないだけの場合もあるかもしれない。

でもいざという時に覚悟出来るか、行動できるか。

 

20歳の考えなんて、浅はかで稚拙だと思う。

でも、多分きっと、行動力と決断力は大事なんだと思う。

尊敬するDJあおいさんがそう言っていたから。

 

それを信じて進むっていうのも、そういう選択をした自分への覚悟なんだと思う。

 

正解は未来にしかない。

今はこの選択を正解に近づけるしかない。

 

きっと正解は精一杯だと思う。

後悔は納得がいかないから生まれる。

結果が悪かろうと、失敗しようと、正解不正解を決めるのは自分で、判断基準はやって良かったかどうかだ。

 

やって良くないことは多分ない。

自分で選んだことなのだから。

それが不正解になってしまうのは、心残りがある時だけだと、そう思う。

 

だから、正解は精一杯。

何かを頑張るんじゃない、

それを当たり前にする。

 

武器を身に付ける。

それを習慣にする。

刃が錆びていては、刀は使えない。

毎日磨いてこその、戦闘力。

 

人生心がけ次第。

みんな始めは0。

 

元気が出る言葉を纏って、生きていきたい。