しろくまが好き。

感性で書く。

「100回泣くこと」を読んだ。

 

中村航さんの「100回泣くこと」を読みました。

 

どんでん返しみたいな話ではないからあまり支障ないかなとは思うけど、ネタバレ含むので、見たくない方は、見ないでください。

 

 

 

 

 

 

内容としては、彼女が癌になってしまう、という話。

最終的に彼女は亡くなってしまうんだけど、タイトルの割に号泣とかはしない。

 

さらには飼い犬も亡くなってしまうんだけど、犬好きの私も案外涙しなかった。

(昨日読んだ「きみはポラリス」なんて、ペット目線の描写があって、死んでないのに泣いた)

 

個人が泣いたかどうかというのはあくまで主観でしかないのだけど、人が亡くなること、その後に残された人の描写がすごく好きだった。

 

人の気持ちが真っ直ぐに出てくる訳じゃなくて、それが日常からふんわりと伝わってくる。

 

ふとした瞬間の気持ち、ではなく、習慣として生活に滲み出たところを捉えた感じ。

 

 

コーヒーがカフェオレになってまたコーヒーに戻るところ。

大切な人にもっと何かしてあげられたのではないかと悔やむ気持ち、だけどどうしようもなくて、お酒に溺れる日々。

 

感情をストレートに表現するより、痛く突き刺さった。

 

これ(今日ってみんな同じじゃないの? - しろくまが好き。)を書いた日から数日の私の考えや行動は、彼と似ていて、もはや既視感を覚えたくらいだった。

 

私も1日だけど、強いお酒を飲んで、死んだように寝た。

翌朝は案外ケロッと起きれたもんだった。

 

ずっとずっと同じことばかりを考え、もっと出来たことがあったのではないかと後悔し、どうにもならない悔しさと、どこにもぶつけようのない思い、終いにはそれらがすべて自己満足で、自分を悲観しているだけであると気づく虚しさ。

 

 

客観してみるとよく分かるけれど、人間は沈める所まで沈んで、やっと起き上がれるものなのかもしれない。

 

底なしの沼の底は、割と浅かったりして。

 

沼をどんどん沈んで行く時は、本当につらいけれど、そこでふとした日常から、元の生活を取り戻していく彼は、極ありふれた人間だった。

 

ありふれた人の、ありふれてないけれど、もしかしたら本当にあるかもしれないと思わせるような、物語だった。

 

叫びたければは河原に行けばいいし、柔道がしたければ柔道場に行けばいい。人生はシンプルなほうが美しいに決まっている。

 

泣きたい時は泣けばいいし、苦しい時は苦しめばいい、お酒に頼ってもいい。

 

時間が解決してくれる問題は、案外多いのかもしれない。