意味のあることだけをして生きるのはたぶんしんどい
意味があるというのは、きっと誰かにとって役に立つということだけれど、誰かにとって役に立つことだけをするというのはつまり、誰かのためだけに生きるということに他ならないと思う
ちょっと極端で断定的すぎるだろうか
誰かのためだけに生きることで喜びを得られるなら、それがいちばんいいだろう
人の求めるものをこなすだけ 簡単そうだ
でもたぶんそんなに簡単で単純にはできていないと思う 人間というものは いや、わたしだけかもしれないけど
どうしてところどころで自分の思い通りにしたいとか、自分だからできたこととか、地球規模でみたらどうでもよさそうなことを、必要としてしまうのだろう
それらが手に入らないしフラストレーションで、もう誰にも何にも意味のないことをしたくなるのはなぜなのか
この文章も誰にも何にも意味はない
どこにも届く必要もない
ここなら無意味を謳歌できそうだったから、言葉にならないモヤとカスを煮凝りにしている
いい出汁をとっておいしくしてる人もいるけれど、そうすることすら嫌だと思ってしまう まあそもそもできもしないのだけれど
意味あることにも、意味ありそうなことをこなす日々にも、やっていることに意味を与えたがっている自分にも、疲れてしまった
わたしがやることも、わたしの人生も、全部無意味
効率とか利益とか価値とか全部捨てよう
遠回りと非効率を選ぼう
無意味と無駄を愛そう