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しろくまが好き。

感性で書く。

ポケモンGO

 

ポケモンGO

 

日本の会社のゲームが

世界中でプレイされて、

社会現象にまでなってる。

 

一方で、

社会問題も引き起こしてる。

 

配信開始して

1日も経たぬうちに

ダウンロードは1位に。

 

別にポケモンもゲームも

知ってるだけでやったことはなかった

 

そんな私もやってる

 

なんというか、

この場に立ち会えていることが

嬉しいから。

 

日本の文化が

広がって広がって

世界中を取り巻くブームを作る。

 

ブームを作れるものを

作った人も

広めた人も

関わった人みんな

 

新しい時代の一面。

 

今まで"教科書に載る"なんて

考えてるけど、考えてなかった。

 

"教科書に載る"に

値する、ような

値しない、ような

 

そんな気がしてたから。

 

今回はきっと、

値する。

そう信じてる。

そこに立ち会えたこと。

 

"叶わない夢はない"

を見せてもらった気分。

「選択肢を正しく、楽しくする。」

 

即断即決を心がけたいと、いつも思っている。

決めるのは、始めてみてからでいい。

 

とりあえずやってみる。

だめだったら、やめればいいし、変えればいい。

 

いつも思っているけど、やっぱりリスクが低いものについては出来ても、リスクを考え出すと出来なかったりする。

 

特に、人間関係が絡むと、人に迷惑がかかったりして、なかなかやめられなかったりしてしまうのでは、って思ったり。なんとなく、一度コミュニティに足を踏み入れると、そこからすっぱり関係を切れない。そうすると結局そこに留まってしまう。うだうだ。

 

結局自分のやりたかったことを、しそびれる。

 

そこで今まで影響を受けた考え方は

「入る前に自分でゴールを決める。」

 

終わりを決めるのは大切だ。

自分なりのゴール、つまり目標がないと、モチベーションを失ってしまうし、終わりが見えるというのは、あそこまでいけば…という指標があるので、力を出しやすい。

 

でもこれまず、入ってから考えることで、入る前に悩んでる人向けではない。(笑)

 

そこで最近思うのは

「選択を正しく、楽しくする。」

 

なんだかんだ、やってみなきゃわからない。

そして、続けてみなきゃ、わからない。

 

物事ってそういうものだ。と思う。

継続して初めて、本質が見えてきて、課題だったり、自分との適正がわかったりする。

 

つまり、選択する段階では、私たちは何も見えていないのではないか。

 

それがどういうものなのか

それは何をしているのか

どこに惹かれたのか

そこで私は何をしたいのか

 

せいぜいこれくらいで。

もっともっと言えば、選択の理由なんて、「なんとなく」だったりする訳で、これ以上に曖昧だ。

 

例えば仕事。

AとBという選択肢があって

Aは賃金が高い

Bは賃金が低い

 

当然のように多くの人はAを選ぶだろう。お金は多ければ困らないし、あった方がいい。

 

次にAとBの業務内容と会社についても言及してみる。

 

Aは賃金が高い

知名度も高い大企業

でもあまり興味がなかった分野

 

Bは賃金が低い

最近できたベンチャー

でもやりたいことに近い

 

これだったらどっちを選ぶか。

 

だいたいの場合周りにはAを勧められる、はずだ。

多分会社名を出しただけで、名の知れた企業に入れって言われる。

その方が安定していて、お給料もたくさんもらえて、、、

 

不可はない人生にはなりそう。

 

でもそんな他人が決めた価値観で、選択していいの、ってことで。

お給料がたくさんもらえたら私は幸せなのか。

安定していたら、不幸じゃないのか。

 

リスクが低いのは、きっとそうだと思う。

でも、それでいいのか。

 

振り返ってみて、どちらを選んだから、何かが起きた、とかなんてわからない。まず何か起きるかもしれないし、起きないかもしれない。

 

でも1つ分かるのは、それが分かるのは将来だ、ということ。

 

そして私はここでどちらを選択したかは重要ではないと思う。

 

結局、どこでやるかより何をやるか。

さらに私は、何をやるかよりもそれが自分にどういう影響を及ぼし、それによって得たものがあるかどうか、だと思う。

そう考えると、後者は取り組む意識の問題だ。

 

何を選ぶにせよ、選んだ道でどれだけ努力できるか。

 

与えられた選択肢は、betterはあっても、bestはない。

それは選択肢の時点では、絶対にないと思う。

 

後々bestだったと思えるかどうかは、その人による。

その人がどんな道を辿ってきたか、その経緯を含めて、選択肢はbestになるのだろう。

 

もちろん選択肢を吟味することは大切で、betterを選ぶということは、bestにもつながりやすい。

 

でも今はそこじゃなくて、そもそも、選択することに、身構える必要はないのではないか。そんなことをしているうちに、できること、やることがあるのではないか。と言いたい。

 

見つける

調べる

知る

迷う

考える

相談する

あーだこーだする

あっちでもない、こっちでもないとする

 

そんなことしてる間に、

選択して、

その道で自分がどうやっていくのか、

その道で自分は何ができるのか、

その道で自分は何ができないのか、

その道で自分は何を得たいのか、

その道で自分は何を成し遂げたいのか、

そんなことを考えられれば、

生活はとても充実しそうだと思った。

 

人生はトライ&エラーだとよく言う。

 

結局、トライもしなきゃ、エラーも出ないって話だ。

 

選択をしなければ、道は開けない。

 

今ある道を進むのか、

新しい道を切り拓くのか、

それも1つの選択だ。

 

でも迷うなら、

今ある道で精一杯やってみればいいのではないか。

 

うだうだ迷っているうちに、

かけがえのない時間の終わりが迫り来る。

 

1秒1秒目を向けたら、過ぎ去って、新しい時を迎える瞬間が、真横で静かに繰り返されている。

でも、気づかない。

 

当たり前だから。

 

呼吸も時間も、

当たり前だから、

そして意識的に止められないし、

意識して動かすこともできないから、

そもそも意識もしない。

 

あっという間だよ、よく聞く。

本当にあっという間なのだろう。

 

大学生活4年間。

365日×4年+1日=1461日。

1461日×24時間=35064時間。

35064時間×60分=210384分。

210384分×60秒=126230400秒。

 

一億二千六百二十三万四百秒。

いちおくにせんろっぴゃくにじゅうさんまんよんひゃくびょう。

 

日本の人口くらいの数の1秒を、

やり過ごす4年間。

 

日本人を全て無視して、

生きるみたいなことだ。

 

そんな空虚で、

わたしは何を得るのでしょう。

 

「選択肢を正しく、楽しくする。」

 

心がけ。

とにかく道を歩く。

精一杯、歩く。

 

一人一人の日本人と向き合うように、

一秒一秒に向き合って。

 

道を良くするのも、悪くするのも、私。

 

主観とか客観とか

 

客観的な表現って、

自分に向けたものなの?

 

主観的な表現って、

相手に向けたものなの?

 

「雨のパレード」のインタビュー記事読んで、思った。

総合芸術の「創造集団」を名乗るバンド、雨のパレードって何者? - インタビュー : CINRA.NET

 

雨のパレードは、新宿のヤマダ電機のでっかい画面で知った。あれ効果あるのかなってずっと思ってた。まさに影響を受けてた。

 

なんとなーく気になって、調べて、曲聴いて、いいなって。

 

 

で、そもそも主観ってなんだろうなって思った。

 

ラテン語のsubjectum(下に置かれたもの)に由来し、スコラ哲学以来、18世紀ごろまでは性質・状態・作用を担う基体を意味した。近世以後は認識し行為する人間存在の中心である自我をいう。特にカントでは、先験的意識としての主観が設定された。⇔客観。→主体
2 その人ひとりのものの見方。「できるだけ―を排して評価する」⇔客観。

 

らしい。

 

じゃあ、逆に客観とは?

1 観察・認識などの精神活動の対象となるもの。かっかん。⇔主観。
2 主観から独立して存在する外界の事物。客体。かっかん。⇔主観。
3 当事者ではなく、第三者の立場から観察し、考えること。また、その考え。かっかん。

ーgoo国語辞書より

 

まぁ要するに、"私"以外からの目線。

 

私が、ある事象について、私以外からの目線で書くと、それはつまり、他者の目線と同じということになり、ということは、読んでいる人と同じ目線だから、客観的な表現は、実は自分を客観視するための自分への表現?

 

逆に、主観的な表現というのは、私が、ある事象について、私の目線で書くから、それは他者とは異なる目線というのとになり、私の主張はこうだ、と相手に自分を伝えるということにもなる、すなわち相手への表現?

 

ふむふむ。

 

私以外の目線=他者の目線ではないと思うけれど、私が私を主張するのは、人に向けた表現なのだな、と思うと、自己主張って大事だと思えてくる。

 

自己主張、苦手、なんとなく。

というか自分の気持ちを言葉に落とし込むのが苦手。

多分最近伝える力欲しいって思ってるのも、そういうことなんだなあと。

 

自分のことを知りたいから、あえて自分のことを客観視して書く。

自分の気持ちを言葉にする練習がしたいから、主観全開で書く。

 

結局、自分本位!!

 

まぁでも人間自分本位で生きるのがいい。

場面はわきまえるべきだけど。

 

自分のこと自分が1番に考えてあげなくて、誰が考えてくれるの?

誰がどんなに私のことを考えてくれたって、私の人生を生きるのは私で、私がどんなに誰かのことを考えたとしても、その人のの人生を生きるのはその人。

自分は自分で、大切に、付き合っていく。

 

主観とか客観とかどっかいったけど、

結論、

雨のパレードかっこいい。

夏にしたい髪型。

 

夏といえば、

海、夏祭り、すいか、プール、花火、フェス、風鈴、夏休み、、、

 

いっぱいあるけどとりあえず、

 

暑い。

 

ということで、髪の毛をアップにしたりしますよね。

 

でもポニーテールは毛先が邪魔で、かといってクリップとか使って毛先をあげても右に行ったり左に行ったり。

挙句の果てに髪が落ちてきて、やり直し。

 

そんなこんなで

三つ編みギブソンタックが

優秀すぎた話。

 

facebookで見つけて、試してみました!

 

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 横。

 

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 後ろ。

 

fbのリンクがどこかに行ってしまったので、手順だけ書いておきます。

 

1.髪全体を3つに分ける。

2.1で分けた髪の右と左を取って、ハーフアップの要領で結び、くるりんぱ

3.くるりんぱの毛先と残ってる3分の1の髪の毛をまとめて、再び3等分し、それぞれ三つ編み

4.三つ編みした髪の毛をそれぞれギブソンタックみたいに、2でくるりんぱしたところに巻きつける

5.一応ピンで止める

 

面倒くさそうに見えるけど、多分誰も失敗しないし、ほどけてこないので、楽ちんです。

鏡見なくてもできるしね。

 

これなら、浴衣着る時とかにも応用できるし、優秀です。

 

夏にしたい髪型。

 

おわり。

 

「難しい」

 

最近「難しい」ってよく使うけど、それは逃げで、思考放棄なのではないか。

 

先週行ったイベントで持って帰ってきた問の1つだったりする。

 

たとえば、

 

美しいって難しい。

 

でも追い求める価値は存分にある。

 

これは美しい、に限らないのでは、と。

 

難しいという言葉に逃げて、難しいを答えにしようとしているけど、難しくても追い求めることって大事なのかもしれない。

 

難しいからこそ追い求めるのかもしれない。

 

いや、追い求めていかないといけないのかもしれない。

 

「難しい」の先に何があるかはわからないけれど、追求していくことが大事で、その姿勢は忘れちゃいけないのだと思う。

 

だから私が「難しい」で何かを終わらせようとしてたら、「本当にちゃんと考えたの?」って聞いてください。

 

きっとまだ私が辿り着いてない答えがどこかにある。

のだと思います。

 

でも追い求めるの難しいなあーーーー

結局難しい。(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで「本当にちゃんとに考えたの?」って思った人、だいすきです。挙手お願いします。(笑)

 

おしまい。

いつになったらブラックコーヒーがおいしく飲めるのだろう。

 

苦い。

 

ブラックコーヒーだけじゃなくて、

わたしも苦い。

 

私とすれ違い

私を追い越していく

私より大きな人たち。

この中で何人がブラックコーヒーをおいしく飲めるのだろう。

 

ブラックコーヒーをおいしく飲めないわたしは、まだまだ未熟なんだろうか。

 

気付いたら飲み干していたけれど、

この味が好きだから、おいしいから、

ではなかった。

おいしいコーヒーだとは思ったけれど

それはきっとそういうものだと思いたかった私の心理で

コーヒーを純粋に楽しむ味覚も余裕も、まだない。

 

このブラックコーヒーを

おいしく飲めるようになったら

私は何か超えられような、

そんな気がして

 

少し乾いた喉を潤すためと、

何かを超えたい思いで、

とりあえず飲み干した。

 

飲み干しても、

ただ左手のカップが空になって、

ゴミが生まれただけだった。

 

このコーヒーがおいしく飲めたら、

このコーヒーがおいしく飲めたら、、、

 

何かが変わっていたのでは、という身も蓋もない期待と

 

いつかおいしく飲めるようになりたい、、、

 

半ば諦めかけた現実と

 

よくわからなかったものたちに挟まれて

 

今しか飲めなかったこの、ブラックコーヒーを飲み干した。

 

今、今、今。

今が勝負だったんだ。

 

勝負は今だった。

未来じゃない。

 

私が何かを超えるその時を

誰も待っていてはくれない。

 

今、の中から

選ばれていくんだ。

 

そんなもんだ人生。

と諦めて、

負けていくんだな。

 

そんな気がした。

 

でも落ち込んではいない。

 

かすかな迷いはあるけれど。

 

まだ出来ることはある。

今しかないんだったら、

求めてる今に近づくんだ。

 

あと一押し、

足りない何か、

足りるかはわからない。

 

でも、もうこんなの、おしまい。

 

私が本当にしたいのはなんなんだ。

 

まだわからないけれど、

 

少なくとも諦めることじゃない。

 

今あるもの、今ある環境、

そんなものに遠慮して

私が得られるものはなんだ。

 

後悔。

 

それに尽きる。

 

私は私を変えたい。

 

こうやっていつもいつもいつもいつもいっっっっっっつも、

諦めて妥協して、

楽な選択肢を選んで、

母が私に言ってくれてた言葉をうまく言い訳にして、

ごみになっていく。

 

でもごみになりたくない。

空っぽのカップみたいに、

駅に捨てられる人生なら、

海に流されにでも行った方がいい。

 

選択。覚悟。決断。責任。環境。遠慮。意思。将来。想い。人生。熱意。

 

心惹かれたものに、

純粋に。

 

私は私の人生を生きる。

 

2016.07.08

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父の日。

 

父の日なので(?)

父親と一緒に白山紫陽花祭り行ってきました。

 

いいえ、私が紫陽花を見たかっただけです。笑

 

お金がないので、思い出を作るという計画です。母に魂胆丸わかりでした、ごめんなさい( ´ ▽ ` )ノ笑

 

まぁでもこんなこともそうそうないので、父にカメラを教えてもらいながら、カメラ女子してきました。f:id:hn618li317:20160619180558j:image

いい感じ。

 

最近はカメラの進歩が進んでいて、小型でとても綺麗に撮れるし、操作も簡単で、楽しかったです。

 

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お祭りも終わりだったのでお片づけ。

結構お気に入りの一枚。

 

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紫陽花かわいい。

6月が盛りな花でなんとなく親近感を感じています。

好きなお花。

今度の浴衣は紫陽花柄にすると決めています。しかしいいのが見つからない(笑)

 

そうそう、最近のカメラはwifiで撮った画像がすぐスマホに送れるんですね。

感動しました。

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ベストショット*\(^o^)/*

かわいい(親ばか)

 

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いろんな種類の紫陽花。

 

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ねこねこにゃんにゃん。

 

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大きい紫陽花。

 

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あとは、ハンバーガー食べました。

恵比寿のBurger Mania!

ぐるなび3.55なだけあって、ジューシーでお塩がきいてておいしかったです。あとはフライドポテトがね、おいしかった。ハンバーガー久々で嬉しい♡

 

車はやっぱり楽でした。

助手席で爆睡しても一言も文句言わず運転してくれていつもありがとうございます(運転手かて笑)

 

いつも塩対応ばっかりで、話しかけたい時だけ話しかけるような娘だけど、これからもよろしくお願いします。(笑)

 

まぁプレゼントをまだ渡していないので、早めにプレゼント渡して、手紙を書いて、日頃の感謝を伝えなきゃいけないですね。

 

近ければ近いほど甘えてしまって、いろんなことが当たり前になってしまって、今さら感謝という気持ちを意識してなかったり、照れくさくて伝えられなかったりするので、今日こそは!(笑)

 

こういう日は大事だなぁとこの年になってやっと感じています。まだまだ未熟。

 

感謝を忘れずに生きたいです。

 

ありがとう。

 

2016.6.19