しろくまが好き。

備忘録。自分のために書く。

絆創膏

 

ぺたり、ぺたりと貼り付けた絆創膏は、すぐに肌に馴染んだ。

 

一時的な効果をもたらすもの。

絆創膏という例えを彼が使ったのは、こういう意図なのだと思う。

 

それでもわたしには、貼っても貼らなくても同じ、という意味に受け取れた。

ただ、わずかに傷の治りが早くなるのを期待して、毎日貼っている。

 

彼の言葉を疑いながらも、言いつけは素直に守っているのだから、おかしなものだ。

 

やってみないとわからないといいつつ、無理はしないようにと、矛盾するようなことを言われたからだろうか。

 

それとも、やっぱりわたしは絆創膏がすきで、なんだかんだそこから安心感を得ているのだろうか。

 

絆創膏が傷を治してくれるという期待よりは、絆創膏を貼ったからもう大丈夫というお呪いの方が、効果があるような気がする。

 

わたしが疑ってるいるのはきっと、彼の言葉ではなく、絆創膏そのものの方だ。

 

でももっとよく考えると、わたしが疑いたいのは、わたしなのだと思う。

 

絆創膏や誰かの言葉を秤にして、わたしはわたしを見ようとしているけれど、いつまでもその偶像は掴みどころがない。

 

絆創膏が1枚でも、2枚でも、まだ少し血が滲んでいる気がするのは、わたしの気のせいなのか、それとも現実なのか。

 

横になって布団に覆われた状態じゃあわからない。

明日の朝確認すればいいやと思うけれど、その頃には傷はだいたい癒えている。

 

とにもかくにも今わかることは、今日は絆創膏を2枚貼ったということだ。

そして、明日も2枚貼ってしまうという予感がわたしの心に居座っているのを感じる。

 

貼っても貼らなくても同じだと思うなら、貼らなくてもいいのに、きっと絆創膏があるうちは、貼ることをやめられない。

 

絆創膏がなくなれば、傷を気にすることもなくなって、いつのまにか擦りむいたように、いつのまにか治っていたりするのかな。

この絆創膏が、わたしの意識を、傷にむけているのかな。

 

でも、貼っても貼らなくても同じなら、たとえ過剰に貼ったからって、傷が治らないことはないよね。擦り傷や切り傷なら。